2007年5月27日日曜日

惚け木瓜ボケの花

小生は子供の頃、すぐにアホと言ってしまったり、すぐ人を叩いたり蹴ったり噛んだりする癖があったので、よく親や祖父母、学校の先生にはその口癖と悪癖を直しなさいと教育されておりました。

そのおかげか、大人に成った今では、酔って感覚的に喋るときを除いてほとんどアホと口にすることはありません。暴力を振るうこともありません。
また、人の悪口も言わない人になってきていると思います。
勿論、全体的に漠然といらいらしていることは多々ありますが、特定の誰かを名指しで嫌いになったことはもう何年もありません。

多分、毎日ボケーっとしているからだと思います。
ボケーっとするように心がけています。

とりあえず、別嬪やと思う女性は仕事以外で身近に常時3人以上はいるようにすること。
とりあえず、常時口ずさめる歌は3曲以上知っていること。
とりあえず、休日は、平日と違う自分を演出すること。
絶対に、自分らしさを探求して、放棄しないこと。

思考停止に陥ることは決して道徳的な悪ではないし、法律的にも悪ではない。
頭を使えととりあえず言う人の方がどれほど無意識にそのコトバを発しているのかと懐疑的になりましょうと自分に言い聞かせております。

勿論生きてる限りは、ストレスはゼロになることはないでしょうが、でも、心身ともに病気になるほど追い詰められるようなセカイには自分からクビを突っ込むことはもう無いとも思います。でも、逆に細かい神経に障り、イライラすることがあり、別に自分を平常に保ち、何もなしに高めようとは思ってませんが、無駄に自分の格下げにつながって居るのではないかと思えるような生活のシーンに遭遇することは多々あります。

でもそんな生き方は一生続くわけじゃない。それに続けない。

ボケーっとして、ボケーっと歌を歌い、ブルースを弾いて、読み飽きた詩をアホの骨頂のごとく朗読し、
ヌードカレンダーを眺め、パンツを洗濯し、タバコを吸って、酒を呑んで、鼻くそホジッテ、
とりあえずボケーっとして、ポケットに金は無くても、心の中にわんさかある干からびかけた人生の希望と言うドライフラワーに蘇生の水を注し、
ボケーっとボケーっと、ただただひたすらボケーっとボケーっと。

生きるのです。よ。

惚け、木瓜、ボケの花を胸ポケットに挿して・・・・

ふふふ~ん♪

2007年5月23日水曜日

酒場論

何も巨匠みたいなこと書けません。
書きません。

それが酒場の原理主義。

2007年5月22日火曜日

reputation

下からの。

judgeかな?

俺はネガティヴな意味での評価について言いたかったのです。
英語ちょっとわかったつもりでタイトル付けて、早速まちがってるしね。
俺はアホ。

本題は以下。

下らん説教。

企業人としても、一人間としても、なんも成長の糧にもならへんし、かといってそこでぶちきれて手が出るほどまでの人格妨害は行わない。

「毒にもならん、でも薬にもならん。」

ぎりぎりのところでさ。せこいのよ。
どうせならパワハラで訴えられるぐらいのことしてみろよって。
俺は灰皿であなたの頭割る前にちゃんと議論するからさ。

俺は警察捕まるのは怖くない。会社クビになるのも。

あちこちで書いてるが、社会的害悪には、理論でも暴力でも勝てるぐらいの自己険磨は行っていないとね・・・

アホが多いのよ。会社ってところで生き残っていきってる奴らは。
そこそこええ学校出て、所謂ええ会社入って生き残ってる人らってのは。

俺もそんな幻想見てたし、まだ少しぎりぎりそういうのにへばりついてる。
例えば、その会社の財務状況がどうであるとか、上場してる企業かどうかってのに。

前の会社で尊敬できる上司が居たから全面的には前述の理論を信じてるとは言わない。

俺がアホと評する人はきっと会社社会だけじゃなくてもアホな人なんでしょうね。
誤解なきように最後まで読んでいただけるように。

もちろん家族を大事にする気持ちとその保身の気持ちはわかるよ。
俺の親父もおかんもそうやって会社で生き延びて俺ら兄弟を育てた。

でもオトンがさ、目下の人間に俺の上司みたいなんやったら俺は落ち込むね。
親父を最初からそんな尊敬もしてへんけど、余計見下すね・・・

まぁ俺は身軽やから思想が自由なのってもあるけど・・・

勿論、大前提として、働く美しさがあるんだけど、舌足らずで。

今日は酔ってて無理!

2007年5月19日土曜日

舐め合いの仲

(隔離んゴッツ)「俺らってさぁ、結局おかしいねん、異常やねん、ずれてるねん、おもわへん?せやろ?だってこのザマやん・・・勿論、異常と判断する基準を現実で実地で感じてるわけやねんけど。云、勿論数値的になんぼおかしいかって言えるわけではないけれども・・・」

(タクサン)「そらわかるよ、みなまで言うな・・・俺は逃げ続けてきた27年の逃亡生活が終わる。これで終わりや、賭けや。もう大阪や和歌山、日本にも帰ってくるつもりは毛頭あらへん。芝居なんてどうでもええねん。プロフェッショナルとして認められる技ではない。浮気の時の嘘なんて誰でもするやん。人間なら誰でもすることやから。せやろ?」

(岸家落石)「アホ抜かせ、なんで俺にそんな同意をもとめんねん!!!!みんな自分の視点と主観で語りすぎや、俺も説教できる立場ではないけれども。確かに異常や。もうさーぼちぼちこの歳なりゃ、あの時はアホやったよなーって、懐かしんで酒のみたいでしかし、って、俺らまんまやん、自分ら15、6歳の時から成長してんの?」

(隔離んゴッツ)「イエスでありノーやな。でもNoNoNoの天皇陛下万歳!皇居に向かって敬礼!妻の奈津子は処女です!けれども私の遺伝子を懐妊いたしました!私の妻は聖母であります!そして私は童貞の淋病持ちであります!悪政を質す日本共産党に清き一票を、池田大作先生の『人間革命』がバイブルです!やな。」

(岸家落石)「やっぱり異常や・・・」

(タクサン)「いまどき政治犯ってかっこいいよね?」

(岸家落石)「エスカレーターでスカートの中を盗撮が今は変態のスタンダードやもんな・・・今時政治犯は確かに時代錯誤も甚だしくイカシテル!」

(隔離んゴッツ)「ほんでもなぁ~俺は保守的な、ん~バブル時代の奴らが言うところのコンサバやしなぁ~やっぱ過激にはなりきれへん・・・」

(岸家)「・・・意図したらあかん。意図は有罪、行為は無罪や。」

(隔離)「そして、全てを投げ出す、雨のアスファルトの上に、やな。」

(タクサン)「二人、台詞合わせた?」

(岸家)「実はな・・・」

(隔離)「タクサンに内緒でな、俺ら企画してることがあんねん。」

(岸家)「もう飽き飽きした内容ですわ。。。口にするのもかったるい。ほんでも原点回帰やな。イスラム原理主義者たちの気持ちがわかる。岬通信はアメリカ的な思想に洗脳された現代日本の社会病理に対する、純正一般ピープル思想の原理主義者集団やねん、その旗揚げが今日、今、このとき。岬通信アルカイダが今里にあるゆうたら、明日米軍のミサイル攻撃があるかもしれん、この今里に・・・ほな、一般ピープルが大量に虐殺される。アメリカは今以上に国際社会の批判を浴びることになる。日米和親条約締結以来続いた日本とアメリカの不平等条約、ここに解消や!」

(隔離)「おお、スケールでかいな!!!!さすが巨匠!視点が違う!」

(タクサン)「もうおかしいって!!」

(隔離)「タクサンが言うなや、自分どないやねん!?」

(タクサン)「俺?おかしいよ。」

(岸家)「せやろ?」

(隔離)「やっぱ俺ら異常やねん。何をココで確認しあってんねんって話やけど・・・。」

2007年5月18日金曜日

社会の構造と現状の自分と生きてる限りの今後

イキナリだが、大企業の論理で人生を片付けようとする人が結構身近に居る。いや、ぽつぽつかな・・・

僕は寛容なほうだし、いちいち反論、ケンカするのもアホらしいと思うので、下手に出るようにしている。

例えば、その人の価値観で言うと、いや、実際の発言内容から言うと、僕の大多数の友や親、親戚兄弟、そして僕は下層人である。
それに反応して昼飯の酒抜きの席で星一徹をできるわけが無い。
まぁ、暴れて、しばいて警察に捕まって会社クビになるのは簡単だが、今しばらく、そんな輩を僕の研究の対象とさせていただくとする。

よくよく言うことだが、やはり、世の中は一部の上層部と最低賃金で生き延びる大多数で成り立っている。僕は以前は企業の可処分予算をアテに営業をしていたが、今は、ものづくりの流れのとある地点でモノを流す商売の会社にいるのでそれが鳥瞰できているのかもしれない。勿論、業界での経験も浅いし、学者じゃないし、僕の主観と偏見から間違った見方をしているのかもしれない。しかし、僕の主観と偏見に基づいた考えが正しいのではないか、と、大企業出身者の発言一つ一つに正当化されていくのを感じる。

あなたたちが、所謂知的なハードワーキング、そして地位と立場で、あなたたちの美学とするギャンブル、かっこよく言うビジネストライアルをし、成功し、失敗し、そして成功をすることで、我々、大多数は生かしていただいているのです、と頭をたれます。お給料を頂いております。あなたたちの言うことを聞きます。あなたたちが人間的には薄っぺらな人間だとは思いますが、(てか多分10代20代の前半ろくにもの考えて悩まなかった人種であろうことはわかります、全く僕の基準でゆうアホ、10代の僕ならしばきいてこます、それか全無視の対象)でも表面的な敬意はいくらでも示します。

やっぱり、日本だから、自民党の国だから(これはあんま関係ないか・・・)、リベラルな思想を実践したいと思いながら仮面を被って生きていくのは楽ではない。
仕事そのもので、多分死ぬようなことは無い仕事だが、人間の弱った腐った最低な部分が沢山見れる。多分、僕の周りに居る人々、友人、そして、旧来から僕と友情を感じて頂いてる全ての人は嫌いな人種(=アホ)、そしてそういう人種になっていく脳みそが何もかかれていない白紙、タブララサな人(つまり、何も考えて生きてこなくて、今の現前の事実の処理だけで人生の質の向上と思い込むアホ)が沢山観察できる。

僕は、その大企業の論理で物事を片付ける人間一人一人を理論的にも暴力的にも潰す自信は十分にある。仮に僕が殺されても、多分殺されることはないと思うのですが、まぁ余裕に。

なぜ行動に出ない自分が居るのか。
それは率直に言えば保身という甘ったれた心性が僕の心に巣くっているからであろう。

誰が読むかもわからないが、心の奥底では、まだ僕が正常であることの証として、ここに記します。

もうそろそろ、といっても明日あさってではないが、僕の理論の実証期間は過ぎる。あとは誰にもわかる形でアナウンスしていかなければと心底焦ってきている。

正当に、そして、平和的に、そして且つ、ラブアンドピースとセックスドラッグロックンロールという価値観と思想に市民権を与えるために社会に参画し、働きたい。

2007年5月15日火曜日

シモーヌ:梗概編

所謂ケータイ連載なるものをやってみて、
酔いどれしどろもどろ、書き直しなし、一発勝負、5話完結です。
いい経験になりました。
もっと、具体的に五感に訴える描写をかきたかったのですが、
非常に難しい。
所謂、エロいのを書きたかったのですが・・・
それもまた難しく、結局田嶋陽子の受け売り的な思想が見られます。
しかしこれに懲りず挑戦したいです。!


シモーヌ

私はシモーヌ。20歳の美大生。パリ市内のアパルトマンで愛猫ディックと二人暮らし。男とはどうも合わないみたい。なんてゆうか勝手なの。私の何をわかって支配した気になってるのかしら。それに比べてディック、英語の名前のハニーちゃんは男の子。ほんと私を心得ている。私の美のテーマは円、丸、玉。自分が丸い球(たま)にトリツカレたって気づいたのはπ(パイ)の理論を数学の授業で聞いたとき。子供の頃、卵がなぜか好きだった。冷蔵庫を開けて眺めてなんてしょっちゅうだったわ。それをお尻の割れ目で割るのよ。私は尖ったものが大キライ。私がその先端で刺されるなんて身の毛がよだつわ…。つづく

アスパラガス

同じ授業で偶々友達になったサナエと大学の近所のチャイニーズレストランに行った。サナエは私より2歳上の日本人の留学生。サナエは少し汗ばんでいた。湿っぽく暑くなり始めた5月の昼下がりだった。私は春雨を食べた。サナエは野菜しか食べない。「シモーヌってほんと損してると思うわ。」サナエは悪戯そうに、そして私をからかうように、人参や大根と同じグラスに盛られたアスパラガスを取り出し、卑猥そうに口に運び、唇でキスするふりをして笑いころげた。一体何がおかしいのか私は即座にはわからなかったので、とりあえず笑い返した。本当はわかってたんだけれど、なぜかそこから会話を深屈させる気にならなかった。私にはわからない悦びをダシに時間なんてもたせられない。その後サナエとコーヒーを飲み時にうなだれ、気づくと西陽を背に、私自身の影を写すアパルトマンのドアの前に立っていた。つづく…


ディック

ドアを開けると部屋は暗かった。玄関から真っ直ぐ先にソファがある。私は吸い寄せられるようにソファに向かい、クッションに顔をうずめた。眠った。一瞬意識が覚醒したのだけれども、お尻のあたりにもこもこした感触があったのが気になって…。猫のディックだった。私はディックを胸に抱き寄せまたソファにうなだれた。午後の7時だった。消し忘れたパソコンがに気づいた。私の、正直言葉にしたくない不満と心の穴をディックは埋めてくれる。私はディックをぎゅっと抱きしめ靴を脱ぎ捨て、服も脱ぎ捨て、何故かブラだけつけたまま下半身は何も着けずの体になり、でもそのまま、またソファにうなだれた。ディックを抱きしめて。つづく…

トリップ

目覚めたら4時だった、やっぱり私は下半身に何もつけてなかった。おしっこに行きたかったのでそのままいった。私の知る限り、男のあれが私にも欲しい。昨夜のうなだれた憂鬱と演じる私を捨て去って、珈琲をがぶ飲みした。去年、あの男と町のフリマでかったスーツケースに、着替え3日分とパスポートとありったけの現金を投げ込んだ。そう、朝一の飛行機で大阪にいくことにしていた。学校にも休学届けを出していた。3000ユーロって日本円にするといくらぐらいになるかな。とりあえず。気持ちはいいわ。ディック、しばらくさよならね。私に大阪のことを教えてくれたサナエにディックを預かってもらうことにして、私は行くことにした。

終章。目覚め:女のさがと使命

空港から、天王寺ってところまで、1時間ぐらいかな・・・、エッフェル塔を模造したって言う、建築史の授業にでてきそうな話のあの通天閣をみた。私は、英語の街路図に従い山王3丁目まで歩いた。アムステルダムの花街の東洋版ね。彼女達はセックスってわかってるのかしら?私は自由に男を体験してきたけれど、結局何もわからず結局何かの代替的な心の充足を求めて心も体も彷徨っている。彼女達からみた私って単なる富裕層の馬鹿な金持ちのお嬢かしら、パリ産まれの。私は伝える人になりたい。あの娘たちも私と同じ女なんだもの・・・

2007年5月13日日曜日

対談:タクサンと隔離んゴッツ

タクサン「ところで隔離くん、じぶんって奇数やね、いっつも。だって冷麦と蕎麦を1:3でゆでようなんて言うし、全くあきれるわ、1は人を切る、3は身を斬るってきいたことないの?それに君はアカなのかい?」

隔離んゴッツ「ん~・・・それは知らんかった。確かに俺は奇数かもしれへんし、アカかもしれん。でも心は常にイーブンやで。」

タクサン「それは逃げやね、隔離くん。だって君は、アナーキーなふりして、僕らを除く世間の大多数の前では健常者やん。大学も中退せず、就職して、一時期駄々こねて、会社辞めて、俺の部屋で居座ってたこともあったけど、なんで僕らの前だけで狂って、僕らを困らせんの?」

隔離んゴッツ「それはやね、つまり、心の緩みと自己の解放やね、タクサン。」

タクサン「隔離くんの言う「かいほう」ってなんで「開放」じゃなくて「解放」なのか僕はずっと気になっててんけど・・・」

隔離んゴッツ「それはさ、「趣味」やね。ごちごちに固まったイデオロギーがそう言わせてるんちゃうねんよ。くれぐれも。今のご時世に。これが僕のアナクロニズムに貫かれた趣味やねん。」

タクサン「あ、その雑誌とパソコンのお気に入りに入ってる、そのページ開くのは止めてくれる?親しき仲にも礼儀ありってわかるやろ?そういや、西口酒店直売所、あっこ案外気楽やな・・・あと、旧ヤンサン前の中正。俺は落ち着くなぁ~。」

隔離んゴッツ「せやね。俺はとりあえず場所と時間にポケットから金落とす主義やから、そういった意味で、この生野の界隈で日曜の夕方から安価に酒出してくれる店もありがたいね。おばちゃんもおっちゃんもごっつええ人っぽいし、暇やわぁ~お客さんもっと来てくれはらへんやろか、なんて言う割には、そんながつがつもしてへん。なんか上品やねん。俺はそこが好きかな。確かに、食いもんは貧相に思う時多いけど、必ずしも、ええ肴が出てええ酒席になるとも限らへんしな。そういった意味で、なぜ、酒場で人と人が集うのか、その理由を原理的に考えさせてくれるね。」

タクサン「確かに、今日は俺は最初、中正いこ言うたけど、あっこもけっこうええやろ?なんかあの通り歩くのは寂しい気持ちもするねんけど、俺は当面、この界隈から出るにも出られへんし、金ないし、ココでふんばらなあかんねやって思ったら、なんか見慣れた変わらん景色の中にも、常に変化と新しい何かを見つけなあかんな思て・・・ところでゆで具合どない?俺なぁ、岩手のわんこそば大会出たいねん。絶対100杯はいける自信あるし。」

隔離んゴッツ「ええやん、出ぇや。タクサンの陸奥一人旅もええんちゃう?」

タクサン「いや、それもあるけど、俺は蕎麦にはほんま拘りあるねん。だから、いっつも言うやん、ゆでてるときは俺に話しかけるな、近寄るなって、それぐらいやねんから、まじ。ショップ99で買うた蕎麦でも俺がゆでたら巨匠の味や。一笊900円は取れる自信ある。」

隔離んゴッツ「言いすぎやろ!ほんでも拘りもって作ったもんはなんでも美味い。これは確かや思う。」

タクサン「もう呑まへんの?」

隔離んゴッツ「いや、もうええわ。節制ですわ。」

2007年5月12日土曜日

テツガクする!

生きる意味をゲンジツテキに考察ぶちかましたい。
今日は久しぶりに酔っているが・・・

お給料貰って、家賃払って、メシ食って、酒呑んで、ほにゃららする、その意味を問いたい、小生、隔離んゴッツは・・・。

結局、労働者(被雇用、雇用問わない、資本主義に基づいてのみしか・・・)としてのみ現実社会にはありえないのである、君も私もどこの誰とも。
しかし、なんか心もやもや、なんでだろう?
月20万、家賃6~7万、月2万貯金、30歳なったら結婚か????
んな~阿呆らしい。
ここで私の立場を表明しておきたい。
私は自己実現肯定論者である。

「形而上学とは、語の意味が示差的な関係においてあるにすぎないのに、意味を超越論的なイデアとしてとり出すことである。」(柄谷行人、『マルクスその可能性の中心』講談社学術文庫、1990年、p.50.)

結局、「価値」ってのは「差異」ってものにあるとぼくなんかは思うのだが、どうだろう?
「経済的価値」を除いて「価値」ってこの世の中たくさんあると思うのですが、たとえば、コノ人の魅力、コノ物(車、女、酒、服、家・・・例えばね、)の魅力、それが、とある思想に紐付けされてはいやしないかい?

僕は資本主義のことが言いたかった。

「価値の同一性を、人間およびその労働力の同一性にもとめることは同義反復であって、なんら問題の解決にならない。」(同書、p.48.)

そらそうである。

ともかく、なんかこの枠組み飛び越えることができそうな、根拠は無いけど、気はするのです。

用事あるので、今日はここで退散!

失敬!

2007年5月6日日曜日

恋愛論

 「恋愛というものは常に一時の幻影で、必ず亡び、さめるものだ、ということを知っている大人の心は不幸なものだ。」(坂口安吾、「恋愛論」)

小生はガキである。

恋愛したいねん。

心のコトバは反芻し、幻聴までを引き起こす。

廊下ですれ違うだけで、心臓ばくばくいわせたい。
おばはんでもええから、オ●コしたいぐらいヤリタイのに、なぜかその子の前ではどきどき、セックスなんて考えられへん。

あんなん最高に恋愛やん。
その子の体、裸で抱いたこともないし、何もしたことないし、会話したことも無いし、誕生日もしらんし、家がどこかもしらんし、どこの中学出身かもわからん、フルネームは漢字で書けへんし、彼氏がおるかどうかもわからへん、趣味は?映画は何が好き?音楽は何が好き?最近読んだ本は?好きな作家は誰?君はビールとキムチが好きですか?ロックンロールは好きですか?こんな俺は大丈夫ですか?

でも最高に好きやってん。
こんな歌を聴きました。
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あなたが幸せそうに彼氏と歩く夢を見ました。
そんなあの子はもう金持ちと結婚するんです。
俺は病院に行くべきですか?
だって布団から這い出ることができないのですもの。
ウェディングバンドに私のピアノはいかが?ウェディングバンドに私のギターとブルース熱唱はいかが?
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だいぶ意訳も入ってますが。

しかし現実の小生、
ええ歳こいて車とかバイクのエンジンの音でいきるのもあほらしい。
まじめに本質論的に愛について語る歳でもない。
もう流石に、膝擦り切れるまで腰フッタセックス武勇伝の歳でもない。

オマエが好きなんや、せやから頼むわ、今晩だけ一緒に寝てや、、
最近言うてへん。

べっぴんや思う女は一杯おんのに。
椎名林檎みたいな意地悪な歌を歌う女は多分、小生のごとき男を馬鹿にするのであろう。

「君の周りには誰一人いないのかな?♪」

やかましいわい!
男独りは最高に楽しいねんぞ!!!!!!!!

しかしこれが現状、小生の美学である。

(人生とは)「愛する人は愛してくれず、ほしいものは手に入らず、概してそういう種類のものであるが、それぐらいのことは序の口で、人間には「魂の孤独」という悪魔の国が口をひろげて待っている。」(坂口安吾、「恋愛論」)

悪魔の国は嫌やなぁ~。

とりあえず、会話する女性には、
「えぇ~?何言うてはるんですかぁ~姉さん別嬪ですやん」
を心がけます。

2007年5月4日金曜日

加藤登紀子とその夫の元巣窟

「我々は単に自治寮を自治寮として存続させるための、新たな自治の担い手としての新入寮生の獲得と言う以上に、経済的弱者にも大学教育の機会の可能性を広げるという、寮の(社会的)福利厚生的性格からも新入寮生の獲得を要請されている。このように考えた時に、自主入退寮権が寮のある一面からのみ導きだされている権利であるとは言えないだろうか。」

2001年に書いて大学「当局」に提出。
他寮にも提出、会議開催、伝統を破壊した。

2007年5月1日火曜日

メーデーそして闘争論

 「闘争は権利=法の永遠の仕事である。労働が無ければ財産がないように、闘争が無ければ権利=法はない。」(イェーリング著、『権利のための闘争』、岩波文庫、p.139)

 メーデーとかいうやつが、東西冷戦も終わり、バブルもはじけた今の日本のこのご時世に。
 でも昨日、先輩と呑みに行った帰り、電車の中で少し話題に上ったことである。
 「今時の奴らには闘争が無い。」
(かといってカリスマも無いし、愛も無いし、無関心しかない。)

 口だけ、夢だけの奴らが99%、大概がモラトリアムの延長で将来、社会的害悪として税金をむさぼる予備軍になっている。まじめに働いて納税したら30年後、同世代の今楽している奴らを生活保護で食わせることになる。そんなん、義理はあっても、みんなちゃんと就職して、とにかく、必ずしも納税する必要はないにしても金を生んで回して欲しい。

i wish i was a punk rocker(by;Sandi Thom )

http://www.youtube.com/watch?v=lZl31jL0Q2E

昨日の話の要約はこの歌だ。
この歌詞、みんな聞き取れる範囲で辞書片手に訳していただきたい。
だれかCD買うとか、歌詞全部わかる人はミクシイとかで教えて欲しい。

最近にしてはいい唄だ。

とにかく、俺もその今時の80年代産まれの走りの無関心世代。
生まれたときには無関心しかなかった。

現状、かろうじてGDPを計算するときの0コンマ小数点何位かはわからへんけど、今のところ入ってる。
でもそんな問題じゃない。

うちの会社は上場していて、社長もまだ30代。
賢いかな、給与改定を5月1日に行った。 (とりあえず従業員に嫌われたくないが見えみえだ。しかし深読み度はすさまじい。)

小生はぶっちゃけサラリーマン5年生の独身男である。結構甘~い数字がはじき出されていた。

そこかしらでサラリーマンあほらしいと言いまくりながら、ふと前の会社と比較もしてしまう。

 「たなかは資本主義に負けている。」
 
 昨日先輩から聞いた言葉で一番痛かったのがこれだ。
 そのコトバの裏にあるのは、知識だけ、コトバだけ、ええとこどり、人に好かれたい、みんなの敵になりたくない、闘争がない。

 「勇気をもって自分の権利を守ろうとしたことの無い者が、国民全体のためなら喜んで自分の生命・財産を投げ出したいなどと思うであろうか?」(同書、p.105。)

 会社クビになったら、多分すねるだけだろう小生は。

 ここ最近はみんなとりあえず、ゴールデンウィークが仕事か仕事じゃないかで、ひがみ闘争が巷では繰り広げられているが、こんな争いどうなんでしょう?
 問題の核心はそこじゃないでしょ?
 
 みんな普通に働けば普通に食えて家に住めて、家族が養えて、それが基本。それが社会の枝葉末節に至るとまじ不備千万なので、政治家に文句を言い、身近なところで雇用主に文句を言い、(勿論、雇用主をぎゃふんといわすぐらい働いて会社に利益をもたらさないとだめですが、大前提として・・・)
闘うのです。(しかし給料を時給でも日給でも千円や百円上げたところで、労働意欲が改善し、生産性が大いに上がるかどうかもべつな話だとは思いますが・・・)

 とにかく、それがメーデーです。
 メーデー。
 その日の意味だけはしってましたが、僕が一会社員になった時にその価値もくそもなかったですから。だからあの歌(i wish i was a punk rocker)を聴いて少し、僕も単なるアナクロニズムをいってるやばい子じゃないのかなって安心できました。

 団結と闘いが無い。

 古臭く、ダサいが、
 「孤立を恐れず、団結を求む!」
  

おおさか

このホームページだが、

http://www.osaka-minkoku.info/

何かの所為にしたいのだろうか。
これを企画した人は、WEBだけならへたれである。
TOPのフラッシュコピーの出てくるスピード速いので、
ちゃんと見れないが、突くところは多いですよね、きっと。

右とも左ともいえないので、逃げ道はあるのだが、
パーツパーツは極論思想そのもので、安易に走ると
最悪は殺されるでしょうね。

今時思想で殺されるなんかないでしょうけど、
安易に走ると単なるアホ扱いも、ってか悪い意味でほんまに
単なるアホ扱いされそうなので、
深入りせず楽しみたいですね。